ひと晩、寝たような寝ないような時間を過ごした。じっとしていれば何事もないが、少し寝返りを打とうとすると切ったお腹が痛む。そりゃそうだ、本人は気楽に考えてるが、たいがい大きな手術をしたのだから当たり前だ。
実はこの手術を受けるにあたって心配ごとがあった。それは全身麻酔をした人がなるという「せん妄」なのだ。身体的に負担がかかったときに見られる「意識の混乱」で、術後にトンチンカンなことを言ったりするのだそうだ。うち親父はニコニコしながら勝手に点滴抜いて大騒ぎになったし、義父はボクシングの試合日程行くからトランクスを待って来いと言ってたらしい。そんな話を刷り込まれているのに加えて、痛飲した時の記憶があやふやになることも度々あったりするので、周りにご迷惑をおかけするのではないかと心配だったのである。看護師さんには「気にするとホントになっちゃいますよ。まだ若いから大丈夫ですって。」と慰めて頂いたりした。けっして若い訳はないんだけど、病院という所ではボクなどヒヨッコみたいなものなので、若い方に入れてもらえたりするわけだ。
寝返りはうてないけど、ICUでも口だけは元気なので、「オペ終わったときに嫁はんが来てくれてたけど、あの時に普段は言えへんこと言うといたらよかったなぁ。後からなんか言われても『知らんなぁ。そらきっとせん妄のせいやな』って言い逃れができたのに、残念」などとアホなことを看護師さんと話していたが、これはしっかり覚えているのでせん妄ではなく確信犯である。
実は病棟に戻ってからしばらくして、まぶたを閉じた瞬間に奇妙な映像が現れることがあった。病室の天井にポッカリと空いた穴がどんどん拡がっていったり、蛍光色の幾何学模様が乱舞したり、モノクロの樹木がどんどん成長したり…瞬間的に消えるのだけれど、度々そんなことがあった。人さまにご迷惑をおかけするわけじゃないし、こんなせん妄ならちょっと楽しくていいなと目をつぶるのを楽しみにしていたけど、すぐに見えなくなってしまった。それにしても「ピンクの象」なんかが出てこなくてよかった。
*英語圏では、「ピンクの象」はアルコールや薬物中毒者の妄想に出てくるといわれている

